なぜだれも席をゆずりましょうといわなかったのだろう。怠慢か。たぶん、それだけではない。その場の階調をたもつために、みな無意識に自分の「個」を殺したのだ。この国ではいつもそうだ。
< 私たちは相席をして、この人たちの席をつくりましょう >
と立ち上がって大声でいえない、あるいはいわせない、くぐもった空気がつねにある。
< 私たちは相席をして、この人たちの席をつくりましょう >
と立ち上がって大声でいえない、あるいはいわせない、くぐもった空気がつねにある。
「水の透視画法」辺見庸(沖縄タイムス5月2日)
昔見た『ピーナッツ』の映画で
チャーリーとはぐれたのか喧嘩したのか
ひとりで街を彷徨うスヌーピーが
行く先々で投げかけられる
そのセリフが印象に残っている
それは低音で抑揚のない節回しで繰り返される
「い〜ぬ〜は〜ダメだ〜!」
今、それを輪唱する声が聞こえてくる
生きてはたらく
人間に対して
これまで生きてはたらいてきた
人間に対して
未来を生きてはたらく
人間に対して
この社会は
適当な理由をつけて
破門状を送りつける
「後期高齢者医療制度」
http://www.kouiki-okinawa.jp/
カフェにいた他のみなさんは
どんな言い訳とともに
その空気に染まったのだろう
本当に
かれらのスペースはなかったのか
この、得体の知れない
苦いコーヒーの味
わたしたちはこの先
どれだけそれを飲まされ続けるのだろう
この薄気味悪い飲みもの
そうしてわたしたちはきっと
これを飲んでいるうちに
こころまで塗り替えられていくのだろう
前と同じように
いつの時代も、どんな場所でも
これは独裁者が強要した言葉ではない
「この場にふさわしいものとそうでないもの」
この言辞は俺たちの腹の中にとぐろを巻いている
その得体の知れない何ものかの蠢き
そいつらが言わせるんだ
良心の呵責に耐えかねた知性が言い訳を求めて人の「やさしさ」に牙を剥く
人のこころを持つがゆえの業
同情すべき点もあるのだろうが
そこをさし引いても
これはもっとも見苦しい
人間の心性の有り様だ
そして何より
人類にとって有害だ
第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
わたしたちはみんなで憲法違反をしている
いい加減
自分の領域にしがみついて
その言い訳を必死でこさえるのを
そんなことのために頭を使うのを
やめよう
はやいとこ
この「無言の”階調”」を抜け出して
こんなことは終わりにしよう



私には、今沖縄が置かれている現状が、「どのみち、沖縄の人たちには見えていないだろう」とばかりに好き勝手されているように見えるから。
その昔、海外で、「どのみち、日本人なんかにはわからないだろう」とばかりに翻弄されてずたずたになったこともあるので。
「無言の”階調”」からの抜け出し方がわからない。早く終わらせたいのにね、、、