レジームチェンジ反対

2008年05月07日

笑顔

まあ、なんというか、読む人によってはきついかも、です



ボスという犬がいた。島にある我が家では一番長生きした犬だ。耳が大きく、目もぎょろっとして黒目がこぼれ落ちそうに見える。涙腺がずれているのだということで(2番目の兄が教えてくれた)、いつも涙を漏らし、目やにを出していた。それが目の下に、くまのように見える。ちわわ、のような顔。それと、白いほかの雑種との交配だったか。白い小型犬。

ほかの多くの犬のように上手にお座りができず、いつも片側にしなだれるように「オスワリ」をした。首輪を軽く持って、尻尾の付け根を押さえてやる。2回目でその姿勢を覚えた。舌が濃い部分と薄い部分の2色のボーダーを描いていた。こういう犬は賢いという。(これも2番目の兄が教えてくれた)

「弱いやつには滅法強く、強いやつには滅法弱い」

それが私たち兄弟から彼に送られた称号だ。何ともいただけない呼称だが、わたしたちは愛情を持って彼をそういうふうに評したのである。家のそばの道を通る自動車にやたらと吠えかかるから、「ボス!」と怒鳴りつけると、喜んで尻尾を振る。

「あっちだあっちだ、早く撃て撃て」

猟犬の血が混ざっているのだろうか。彼には自動車が熊かなんかに見えていたのかも知れない。

自動車といえば、ひどく車酔いをする犬で、みんなで海に行くときに乗せてやるのだが、しばらくすると落ちつきをなくし、しまいには窓の外に首を出して、吐いた。「ドライブ」は2度試してダメだったので、それ以来車に乗せていない。海に行くときは車の後ろからついてきた。彼がついてくるときはスピードを落としてやるのだが、大変なのにかわりはない。舌を風にさらし、灼熱の中をついてきた。島の道路が整備され、きれいなアスファルトばかりになってからは、海で遊んだ後、家へ帰って、ずっと火傷した足をなめていた。それでも、彼はわたしの家族の誰かが海に行くときはついてきた。泳ぐのは苦手だが、砂浜をかけまわるのが大好きだった。中学生になったわたしは、海へは朝の早い時間に行くことにした。そして帰りは、彼を置き去りにするように自転車をこいだ。

彼は地元の水産高校の生徒を非常に恐がり、散歩の途中で道の反対側に渡った。よほどひどい目に遭わされたのだろう。明らかにやばいぞという「顔」をして通りの向こう側をおずおずと歩いていく。彼がなぜそんな行動をとるのか、だいぶたってから気付いた。それまでは妙な歩き方をする犬だと思っていた。

思えば家に来たときから不思議な犬だった。自分が犬であることを知らないかのように振る舞う。平気で玄関の土間からこちらに上がろうとするから、そのことを咎めると「わん!」と吠えた。生まれてこのかた、たくさんの犬を見てきたが、あんなに上手に「わん!」と吠える犬を、わたしは知らない。

飼い主に口答えする犬、そんなのが居るのだろうか。

この犬は上手に笑った。笑う動物は人間のほかにいないと聞いていた(これも2番目の兄から)が、ボスは目を細めて笑ったのである。特にチーズが大好きで、それをやるときには文字通り満面の笑みで喜びを表現した。チーズを持っているその手を高く掲げると、2本足で立った。何度もやっているうちに3、4歩は行けるようになった。

「すごい、すごいぞ」

わたしがその「芸」を披露すると、みんな囃し立てた。うれしかった。彼も笑っていた。

ボスはわたしが家を出てから死んだ。死ぬ間際には、親交のあったみんなの家をまわったのだという。
わたしが、

「苦しかったのかなあ、助けてくれ、と……」

と言うのを遮って、わたしの父親は言った。

「挨拶にまわったんだよ。世話になったから……」

死因は、彼のそのときの状態から「毒物にやられたんだろう」というので一致していた。

わたしがボスを拾ってから、「放し飼い」の犬は10年でわたしの島からいなくなった。わたしは、もしかしたらそんなふうな犬は、ボスで最後かもしれないと思うことがある。

彼は道の歩き方が上手で、危険をかぎ分けるのに長けていた。



「犬を毒殺するときは、チーズに混ぜるらしいよ」



わたしはその言葉が、ある人の口(2番目の兄ではない。わたしの家族ではない)から発せられたときの、わたしの母親の「目」を忘れることができない。一度も見たことのない目だった。

このものがたりは、わたしにとっては事実である。付け足しも脚色もない。彼の「笑顔」を思い出すたびに、わたしは涙を流す。

今もひとしきり泣いた。



この文は推敲していません。妙なところがあったら、その旨、ご了承ください。
posted by gon at 21:51| Comment(2) | TrackBack(0) | つれづれなるままに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>ずっと火傷した足をなめていた

痛そう・・・。
でもそんなに深くごんさん一家を愛していたということですね。毒殺なんかするはずないのに・・・
Posted by さめ at 2008年05月08日 10:26
>毒殺なんかするはずないのに・・・

さめさんありがとう。

昔、うちの島では本当にその方法で「野犬」を駆除したらしいんだ。そういうのを生業とする方もいらっしゃると聞いていた。子供時代のあたしらは、そういう人のことを「インクルシャー(犬殺し屋?)」と呼んでいたよ。今考えると、ものすごく差別的な響きのある言葉だよね。

あたしはずっとその「最悪の方法」で毒を食らわされたんだと思っていた。そうではないと、必死でその「憶測」を拒絶する一方で。

さめさんのコメントはうれしかった。そうなんだよ。彼を、あんなに可愛い奴を「殺す」人間がいるわけない。そこに思いいたらなかった。あたしら家族は全員。「チーズ」にとらわれていたんだ。

なんかブログやっててよかった、と、今本当にそう思う。

もう死因なんてどうでもいい。あいつはいつでも青空の向こう側で微笑んでいるよ。

さめさん、ありがとう。本当に。
Posted by gon at 2008年05月08日 19:37
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