レジームチェンジ反対

2008年03月24日

あの角を左に曲がれば

「娘さんは風邪をひかなかったですか」

と、おはようの挨拶代わりに
同僚のYさんから
声をかけられた
昨日雨の降る中、2才の娘を抱えて
もう片方の腕では傘を差して……
立っていた
それで右腕がちょっと痛い

「いや、それはなかったですが、こっちが筋肉痛になったみたい」

と、腕をさすって見せた

「嫌な雨だったですね
 ちょうどみんなが移動をはじめるころから……」

それにしても筋肉痛はなさけない
それで思い立って
今日は夕ごはんを食べたら
おばあちゃんの家まで歩いていくことにした
息子と、娘ふたりと、わたしとで
ママはお仕事で遅くなるので

「あの信号で半分くらいかな」

息子が言う

「そうだな」

わたしは答える
2才の娘はてくてくと小走りについてくる
へえ、結構成長したものだな
そんなふうなことを考えていると
囲いの向こうから急に犬が吠え立てた
2才が

「うえあ、」

と声を上げて走り出す

「!」

アブナイ、アブナイ
歩道で良かった、車がいなくて良かった
わたしは娘の手を握って歩くことにした

息子はあの角を左へ行けばおばあちゃんの家があると言った

信号を左に折れたところで
息子は

「これで半分だね、お父さん」

と笑った

「そうだな」

わたしは答える
息子は

「この道を左に曲がったら、おばあちゃんの家だね」

と言った

「ちがうよ、右に曲がるんだ」

わたしが答える

「え〜、向こう側だよぜったい」

息子は左側にその小さな手を振って
不満そうに言う

〜 おいおい息子よ
   左に曲がって
   そこをまっすぐに行ったところを
   さらに左に曲がったら
   大きくUターンしていることになるんだぞ
   ブーメランじゃないか、それは 〜

もう少し筋道を考えてみなさい

わたしたちがその曲がり角に到達する手前で
息子は言った

「ここじゃない、もっと先だよ
 海が見えるとこの
 そこの角を……」

〜 ははあ、なるほど、息子は曲がり角をひとつはしょったんだな
   ここで右に曲がらないといけないのに
   すでにあの道に来たつもりになっている
   それがこの道だと思っている 〜

それで
わたしは言う

「その道は、この道とは違うよ
 この角を右に曲がった道さ」

わたしたちは右を向いて道を横切り
その道に立った

「そうだ、そうだこの道だ
 この道をまっすぐ行って、左に曲がるんだよ、
 お父さん
 ……やっぱりそうだったでしょ」

「それは違う」

〜 息子よ、それは違う 〜

「そんなごまかしはするな
 間違ったときに
 ウソを言ってはだめだ」

「はあ、あたってるさぁ、
 だってあそこを左だよ
 海の見えるとこの、あの角を左に……」

「言い訳をするな
 間違いは間違いだ
 そんなことじゃ友だちはいなくなるよ
 誰もお前と話をしなくなる」

息子は目に涙をためてこちらをにらみつけた

そのとき

「星がいっぱいあるよ」

そう言って長女が空を見上げた
この子はあまり笑わない
でも、にっこりと笑ってそう言った
息子はずんずんと独りで歩いていき
その角を左に曲がって行った
曲がってすぐに走り出したのだろう
わたしが2才の手を引いてその角を曲がったときには
息子の姿は夕闇の中、見えないところまで行っていた
息子より3つ年下の長女は
わたしの顔にいたずらっぽい一瞥をくれると
走り出した
2才のちびも負けじと
わたしの手を引く
手を引いて
行こう行こうと、こちらをじっと見上げている

kaibutukun

わたしは息子にそっくりなその顔を見て

まあるい月を思い出した

息子よ、悪かった

わたしは確かに

人の生き血をすするヴァンパイアと

それを撃退する

十字架のことについて

考えていたのである

せめてお前たちと居るときは

そのことを考えるのはやめるよ

これはわたしだけの仕事だ、絶対にそうするから

許しておくれ

息子よ、娘よ



http://ameblo.jp/garbanzo04/entry-10082285042.html

ここで

つぎはぎだらけの人造人間である

このわたしが

殺戮をいとわない半獣人に

なるわけにはいかない

この仕事は

ここで終わらせる

これはあたしだけの問題だ



血をかぶる用意はできている




十年前の作です

============================



延暦寺を焼き討ちせよ
破戒僧を誅殺せよ
不埒きわまる現世の
理念を全て焼き尽くせ
念仏を唱えるがよい

―― 人間五十年 ――

南蛮坊主をわきに据え
神などいないと叫ぶがよい
焦土と化したる天下にて
地獄の炎を浴びるがよい
念仏を唱えるがよい

―― 下天のうちをくらぶれば ――

本能寺にて果てるがよい
若衆小姓の肌を抱きて
本能寺にて果てるがよい

posted by gon at 23:20| Comment(4) | TrackBack(2) | 創作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
gonさん、リンクをしていただいてありがとうございます−などと言ってよいのか、東京のように危険で安全な地帯から何もできないのにごめんなさい−と思うことはできるのか、狂ったメディアの存在を悔しがり憎んだりすることの次に何ができるのか、そもそも何が可能な立場にわたし自身いるのか。。

昨日のあのニュースに接して以来、どう「言葉」を補えばよいのかが分からないままでいます。
Posted by Rolling Bean at 2008年03月25日 01:02
Rolling Beanさま

勝手にリンクをのせて申し訳ありませんでした。

この国には倫理というものは根付かないのでしょうか。

いや、この国ではなくて、人間社会には、と言ってしまった方が余程楽かもしれない。悪魔に魂を売ってしまった方が。

我が子らの顔を見ると泣けてきます。

こんな国に生んでしまってごめん。

何かがバラバラになっていきそうです。
Posted by gon at 2008年03月25日 23:36
gonさん、かえってお気を遣わせてしまい、こちらこそ申し訳ありません。
この件では、あらゆることが頭の中で行きつ戻りつしています。今回は、どなたのブログにであれ、リンクをありがとうございます、などと個人的な立場から言葉を語れば、そのこと自体に我が身の不遜さをさらけ出すような自省と悲しさと苦しさがあり、意味不明なコメントになってしまいました。。

春休みに入り、今乗っている出張の列車にも子ども達の歓声があふれています。
我が子やみんなに、苦悶の時を残したくありません。
Posted by Rolling Bean at 2008年03月26日 11:57
Rolling Beanさま

>気を遣わせてしまい

とんでもございません。わたしも、遠く離れたところから沖縄の声に応じてくださるみなさんに対して感謝の気持ちでいっぱいです。涙が出てくるようなこともしょっちゅうです。ただ、今回のような暴行事件の際に、心を痛めて声をあげているみなさんの、そのおこころざしに対して「ありがとう」というのはちょっとちがうんじゃないのかな、というか、「そんなことを言える立場なのかわたしは」などと考え込んでしまっています。

それで、未来に「今」を振り返って、こうしたみなさんの声を見つけたときに多大なる感謝をするであろうわが子らの思いに託して、そのことをだしにして、(政治?)利用して、言い尽くせない思いのいくばくかを伝えたいとの気持ちでコメントしたりします。上のわたしのコメントがちょっと「痛い」レスになってしまったのも、そういう心的事情からのことですので。

たとえ未来が絶望的なものであろうと

われわれの未来の希望である子どもたちは

その絶望の中でわれわれが語った思いを紐解き

希望を紡いでいくのかも知れない

そんなだいそれた思いで言葉を綴っています。

これからもよろしくお願いします。
Posted by gon at 2008年03月30日 07:17
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