http://teagon.seesaa.net/article/90378416.html
Black Jokerさまより、再度コメントいただきました
「「虐殺」を「共産党」の名の下に「正当化」するなよと。」
一般市民を殺傷した狂信者を、警察が取締まっただけ、虐殺というなら、やったのは狂信者です。
「ダライ・ラマの側の死者はすべて狂信者で」
そういうことになりますね。それ以外の死者は一般市民と警察官です。
「本当ですか。」「射殺されたり、虐殺されたりすることはないと思いますが。」
日本の警察官職務執行法に書いてあります。日本に限らずどこの国でも似たようなものでしょう。
「わたしの文のどこをどう読めばこういう発話が導き出せるんですか。」
「その宗教自体を否定しません」と仰ったでしょう。
違うと仰るなら、オウム、ネオコン、ダライ・ラマ等を否定して下さい。神仏の類を否定しなくてもいいから、神仏の教えとやらを騙って破壊や殺戮を唆す人間、インチキ宗教者を否定して下さい。
「人殺しを正当化する言説を否定すると言っている。」
それならば、ダライ・ラマと同じように狂信者を一方的に庇うようなことを仰るのは矛盾でしょう。
一般市民が被害者で、狂信者が加害者で、警察は一般市民を守るために犯人グループを取締まったのに、何故警察を非難して狂信者を庇うのか、理解に苦しみます。
「何が困るんだろう。」
人命安全を最重視しておられる方の発言にしては、いささか軽率ではないですか。
記者が撃たれたら家族や友人等が嘆くでしょうし、治安維持責任者も遺憾に思うでしょう。政府も「取材を認めた責任取れ」とか賠償請求されたら困るでしょう。
gonさんはそういう事件が起こっても「何が困るんだろう」と仰いますか。
「ダライ・ラマの主張が平和的になされるのなら」
先にダライ・ラマ一派が暴力的にアピールしてきたのです。
「政教一致の思想が迷惑であれば、否定すればいいだけ」
中国はそのようにしています、が、
「話し合いで解決できるはずです。」「そういう問題の捉え方、関わり方を否定するんですか。」
いいえ、ダライ・ラマが政教一致に拘る限り永久に平行線です。
そして彼らは、政教一致を放棄しないで、ブチキレて一般市民を殺傷しました。彼ら狂信者が悪いのであり、「他人の役に立つ」どころではありません。一般市民は狂信者の暴挙に困っています。
「ダライ・ラマにとって中国政府による「彼のチベット仏教」の否定は「文化虐殺」以外の何ものでもないでしょう。中国政府は信教の自由を保障しないんですか。」
信教の自由と政教一致は両立しません。政教一致にすると、必ず信教の自由が損なわれます。だから信教の自由と政教分離は常にセットであり、中国でも日本でもそうなっています。
一般市民を殺傷した狂信者を、警察が取締まっただけ、虐殺というなら、やったのは狂信者です。
「ダライ・ラマの側の死者はすべて狂信者で」
そういうことになりますね。それ以外の死者は一般市民と警察官です。
「本当ですか。」「射殺されたり、虐殺されたりすることはないと思いますが。」
日本の警察官職務執行法に書いてあります。日本に限らずどこの国でも似たようなものでしょう。
「わたしの文のどこをどう読めばこういう発話が導き出せるんですか。」
「その宗教自体を否定しません」と仰ったでしょう。
違うと仰るなら、オウム、ネオコン、ダライ・ラマ等を否定して下さい。神仏の類を否定しなくてもいいから、神仏の教えとやらを騙って破壊や殺戮を唆す人間、インチキ宗教者を否定して下さい。
「人殺しを正当化する言説を否定すると言っている。」
それならば、ダライ・ラマと同じように狂信者を一方的に庇うようなことを仰るのは矛盾でしょう。
一般市民が被害者で、狂信者が加害者で、警察は一般市民を守るために犯人グループを取締まったのに、何故警察を非難して狂信者を庇うのか、理解に苦しみます。
「何が困るんだろう。」
人命安全を最重視しておられる方の発言にしては、いささか軽率ではないですか。
記者が撃たれたら家族や友人等が嘆くでしょうし、治安維持責任者も遺憾に思うでしょう。政府も「取材を認めた責任取れ」とか賠償請求されたら困るでしょう。
gonさんはそういう事件が起こっても「何が困るんだろう」と仰いますか。
「ダライ・ラマの主張が平和的になされるのなら」
先にダライ・ラマ一派が暴力的にアピールしてきたのです。
「政教一致の思想が迷惑であれば、否定すればいいだけ」
中国はそのようにしています、が、
「話し合いで解決できるはずです。」「そういう問題の捉え方、関わり方を否定するんですか。」
いいえ、ダライ・ラマが政教一致に拘る限り永久に平行線です。
そして彼らは、政教一致を放棄しないで、ブチキレて一般市民を殺傷しました。彼ら狂信者が悪いのであり、「他人の役に立つ」どころではありません。一般市民は狂信者の暴挙に困っています。
「ダライ・ラマにとって中国政府による「彼のチベット仏教」の否定は「文化虐殺」以外の何ものでもないでしょう。中国政府は信教の自由を保障しないんですか。」
信教の自由と政教一致は両立しません。政教一致にすると、必ず信教の自由が損なわれます。だから信教の自由と政教分離は常にセットであり、中国でも日本でもそうなっています。
Posted by Black Joker at 2008年03月23日 12:40
再度、お礼申し上げます。コメント有り難う御座いました。
それで今回は論を進める前に
Black Jokerさまにひとつだけ、お願いが御座います
今回わたしは
前のようにBlack Jokerさまのコメントに
ひとつひとつお答えするのは
やめにいたします
では、どうするかといえば
こういうふうにしたいと考えております
まずは
こちらの論点を整理して
明示いたしますゆえ
Black Jokerさまにおかれましては
先に、その論点にお答えいただきたい
議論はその後で
というふうな提案をさせていただきます
よろしくご了承ください
以下、しばらく論点を抽出するための作業です(読み飛ばしてください)
>>「「虐殺」を「共産党」の名の下に「正当化」するなよと。」
>一般市民を殺傷した狂信者を、警察が取締まっただけ、虐殺というなら、やったのは狂信者です。
Black Jokerさまがお示しのこちら
http://www.asahi.com/special/080315/TKY200803170145.html
ここには治安部隊の「取り締まり」による死者は15人とある。
(ご自分のお示しした記事ですが、その記事を否定するのでなければ、)
その15人すべてが狂信者だというのですか。どうか、慎重なる議論を願います。
>>「ダライ・ラマの側の死者はすべて狂信者で」
>そういうことになりますね。それ以外の死者は一般市民と警察官です。
これはいけない。ご自分がどんな無茶苦茶な論を振りかざしているのかもご理解くださらないようだ。穏便にその「思い違い」を撤回なされるように、わかりやすく提示したつもりでしたが。
>>「本当ですか。」「射殺されたり、虐殺されたりすることはないと思いますが。」
>日本の警察官職務執行法に書いてあります。日本に限らずどこの国でも似たようなものでしょう。
>「警察官の制止に従わなければ当然撃たれます。」
警察官職務執行法には「狂信者」が「警察官の制止に従わなければ」「射殺」してもよい旨の記述があると。そんなアホなことあるかいな。どこにあるのか、お示しください。
>>「わたしの文のどこをどう読めばこういう発話が導き出せるんですか。」
>「その宗教自体を否定しません」と仰ったでしょう。
>違うと仰るなら、オウム、ネオコン、ダライ・ラマ等を否定して下さい。神仏の類を否定しなくてもいいから、神仏の教えとやらを騙って破壊や殺戮を唆す人間、インチキ宗教者を否定して下さい。
「その宗教」ってキリスト教のことよ。ブッシュが信じているとされる。わたしはキリスト教を否定しない、とあそこでは言ってるの。麻原が仏教徒でも仏教を否定しないのと同じで。スターリンが共産主義者でも共産主義を否定しないのといっしょで。
>>「人殺しを正当化する言説を否定すると言っている。」
>それならば、ダライ・ラマと同じように狂信者を一方的に庇うようなことを仰るのは矛盾でしょう。
>一般市民が被害者で、狂信者が加害者で、警察は一般市民を守るために犯人グループを取締まったのに、何故警察を非難して狂信者を庇うのか、理解に苦しみます。
あなたの仰る、「狂信者」を一方的に庇っているのは誰ですか。わたしではないですよね。わたしはあなたの仰る「狂信者」がどのような人々のことを指すのかを特定できていないので、庇いようがありません。まさか、ダライ・ラマの信者はすべて「狂信者」だ、などとは仰らないでしょうね。
>記者が撃たれたら家族や友人等が嘆くでしょうし、治安維持責任者も遺憾に思うでしょう。
そりゃ、そうでしょう。が、だとしても取材拒否はいけません。わたしたちには真実を知る権利があります。
>政府も「取材を認めた責任取れ」とか賠償請求されたら困るでしょう。
そりゃあそんな言いがかりを付けられたら困ります。
でも、誰も
「取材を認めた責任を取れ」
なんて、そんなむちゃくちゃなこと言わないと思いますよ。
>>「ダライ・ラマの主張が平和的になされるのなら」
>先にダライ・ラマ一派が暴力的にアピールしてきたのです。
「一派」とはダライ・ラマに共感する方々ですか。ダライ・ラマの信奉者のことですか。デモの参加者のことですか。暴動の現場に居合わせた方々のことですか。街に火を付けた人のことですか。どちらからが暴力的なダライ・ラマ一派ですか。ちなみに、それで射殺されたのは街に火を付けようとした人だけなわけですよね。
>>「政教一致の思想が迷惑であれば、否定すればいいだけ」
>中国はそのようにしています、が、
ならばそれでいいでしょう。
>>「話し合いで解決できるはずです。」「そういう問題の捉え方、関わり方を否定するんですか。」
>いいえ、ダライ・ラマが政教一致に拘る限り永久に平行線です。
>そして彼らは、政教一致を放棄しないで、ブチキレて一般市民を殺傷しました。彼ら狂信者が悪いのであり、「他人の役に立つ」どころではありません。一般市民は狂信者の暴挙に困っています。
あなたは宗教をすべて邪悪なものとして見ているふしがありますね。政教一致をひたすら目の敵にする。ある宗教の世界観が「その敬うべき対象を政治の指導者として仰ぐべきだ」ということになっていれば、その宗教の信者の世界観は当然そうなりますが、その世界観自体は誰も否定することはできません。
ただ、「神の国」ではない人間社会はその世界観だけで動いているわけではない。それは共産主義が実社会において完全な体をなさないのと同様で、それはまた真の民主主義が完遂されることもない、ということと同義です。人間社会は悠久普遍ではない。その変化の方向にわたしたちの知恵の使いどころがあるのですよ。いや、人間の頭の使い道はそこにしかない。そしてそれは、お互いの世界観を尊重した上での対話によってしかなされません。
>信教の自由と政教一致は両立しません。政教一致にすると、必ず信教の自由が損なわれます。だから信教の自由と政教分離は常にセットであり、中国でも日本でもそうなっています。
信教の自由はたとえ世界の破滅を望む教義でも、それを望み、祈るだけなら認めるというものです。
信教の自由は「政教一致を教条にしている組織には認められない」
というそんなやわなものではない。個人やその集団がどんなことを考えていようが、たとえ「革命」だろうが、考えているだけでは罪にならないのです。この意味がわかりますか。
思想および良心の自由は「革命を旗印にしている主義主張にも認められる」
という意味です。
>一般市民を殺傷した狂信者を、警察が取締まっただけ、虐殺というなら、やったのは狂信者です。
「中国政府側のメディアを使った(暴動のひどさだけを伝える)宣伝方式は民族間の恨みの感情をあおり、情勢を緊迫させる。」
劉暁波氏ら約三十人
Black Jokerさまがお示しのこちら
http://www.asahi.com/special/080315/TKY200803170145.html
ここには治安部隊の「取り締まり」による死者は15人とある。
(ご自分のお示しした記事ですが、その記事を否定するのでなければ、)
その15人すべてが狂信者だというのですか。どうか、慎重なる議論を願います。
>>「ダライ・ラマの側の死者はすべて狂信者で」
>そういうことになりますね。それ以外の死者は一般市民と警察官です。
これはいけない。ご自分がどんな無茶苦茶な論を振りかざしているのかもご理解くださらないようだ。穏便にその「思い違い」を撤回なされるように、わかりやすく提示したつもりでしたが。
>>「本当ですか。」「射殺されたり、虐殺されたりすることはないと思いますが。」
>日本の警察官職務執行法に書いてあります。日本に限らずどこの国でも似たようなものでしょう。
>「警察官の制止に従わなければ当然撃たれます。」
警察官職務執行法には「狂信者」が「警察官の制止に従わなければ」「射殺」してもよい旨の記述があると。そんなアホなことあるかいな。どこにあるのか、お示しください。
>>「わたしの文のどこをどう読めばこういう発話が導き出せるんですか。」
>「その宗教自体を否定しません」と仰ったでしょう。
>違うと仰るなら、オウム、ネオコン、ダライ・ラマ等を否定して下さい。神仏の類を否定しなくてもいいから、神仏の教えとやらを騙って破壊や殺戮を唆す人間、インチキ宗教者を否定して下さい。
「その宗教」ってキリスト教のことよ。ブッシュが信じているとされる。わたしはキリスト教を否定しない、とあそこでは言ってるの。麻原が仏教徒でも仏教を否定しないのと同じで。スターリンが共産主義者でも共産主義を否定しないのといっしょで。
>>「人殺しを正当化する言説を否定すると言っている。」
>それならば、ダライ・ラマと同じように狂信者を一方的に庇うようなことを仰るのは矛盾でしょう。
>一般市民が被害者で、狂信者が加害者で、警察は一般市民を守るために犯人グループを取締まったのに、何故警察を非難して狂信者を庇うのか、理解に苦しみます。
あなたの仰る、「狂信者」を一方的に庇っているのは誰ですか。わたしではないですよね。わたしはあなたの仰る「狂信者」がどのような人々のことを指すのかを特定できていないので、庇いようがありません。まさか、ダライ・ラマの信者はすべて「狂信者」だ、などとは仰らないでしょうね。
>記者が撃たれたら家族や友人等が嘆くでしょうし、治安維持責任者も遺憾に思うでしょう。
そりゃ、そうでしょう。が、だとしても取材拒否はいけません。わたしたちには真実を知る権利があります。
「全ての人が、危険な地域に入っていくことのリスクを理解するべきだ。しかし、もし誰もすすんでリスクを取ろうとしなければ、我々は前へ進むことはできない。我々は、我々の世界を前進させることはできない。」
コリン・パウエル
>政府も「取材を認めた責任取れ」とか賠償請求されたら困るでしょう。
そりゃあそんな言いがかりを付けられたら困ります。
でも、誰も
「取材を認めた責任を取れ」
なんて、そんなむちゃくちゃなこと言わないと思いますよ。
>>「ダライ・ラマの主張が平和的になされるのなら」
>先にダライ・ラマ一派が暴力的にアピールしてきたのです。
「一派」とはダライ・ラマに共感する方々ですか。ダライ・ラマの信奉者のことですか。デモの参加者のことですか。暴動の現場に居合わせた方々のことですか。街に火を付けた人のことですか。どちらからが暴力的なダライ・ラマ一派ですか。ちなみに、それで射殺されたのは街に火を付けようとした人だけなわけですよね。
>>「政教一致の思想が迷惑であれば、否定すればいいだけ」
>中国はそのようにしています、が、
ならばそれでいいでしょう。
>>「話し合いで解決できるはずです。」「そういう問題の捉え方、関わり方を否定するんですか。」
>いいえ、ダライ・ラマが政教一致に拘る限り永久に平行線です。
>そして彼らは、政教一致を放棄しないで、ブチキレて一般市民を殺傷しました。彼ら狂信者が悪いのであり、「他人の役に立つ」どころではありません。一般市民は狂信者の暴挙に困っています。
あなたは宗教をすべて邪悪なものとして見ているふしがありますね。政教一致をひたすら目の敵にする。ある宗教の世界観が「その敬うべき対象を政治の指導者として仰ぐべきだ」ということになっていれば、その宗教の信者の世界観は当然そうなりますが、その世界観自体は誰も否定することはできません。
ただ、「神の国」ではない人間社会はその世界観だけで動いているわけではない。それは共産主義が実社会において完全な体をなさないのと同様で、それはまた真の民主主義が完遂されることもない、ということと同義です。人間社会は悠久普遍ではない。その変化の方向にわたしたちの知恵の使いどころがあるのですよ。いや、人間の頭の使い道はそこにしかない。そしてそれは、お互いの世界観を尊重した上での対話によってしかなされません。
「私たちは肩を寄せ合って生きています。だから、この世における私たちの第一の目的は、他人の役に立つことです。たとえ他人の役に立てない者でも他人を傷つけてはいけません。」
ダライ・ラマ14世
>信教の自由と政教一致は両立しません。政教一致にすると、必ず信教の自由が損なわれます。だから信教の自由と政教分離は常にセットであり、中国でも日本でもそうなっています。
信教の自由はたとえ世界の破滅を望む教義でも、それを望み、祈るだけなら認めるというものです。
信教の自由は「政教一致を教条にしている組織には認められない」
というそんなやわなものではない。個人やその集団がどんなことを考えていようが、たとえ「革命」だろうが、考えているだけでは罪にならないのです。この意味がわかりますか。
思想および良心の自由は「革命を旗印にしている主義主張にも認められる」
という意味です。
以上、論点の抽出終了
Black Jokerさま
あたしの論点は以下の三つです。
一、正しい人殺しなど存在しない
(どちらに正当性があるかを云々する議論は他所でお願いします)
一、「政教一致」は「日本国憲法」では認められていないが、
「政教一致を教条として掲げる宗教」は
「日本国憲法」の保障する「信教の自由」の範囲内である
(もし、この認識に違いがあればこの話し合いはいつまでも平行線です)
一、中国政府は「自らの言う『暴動の鎮圧』によって生じた」死者を前にして、
「農奴制の旧社会には『市民』の概念は存在さえしなかった」
などというバカなことを仰るんでないよ
(人間集団による「人殺し」の「正当化」だけは決して許さない)
まずは、こちらへのご意見をおうかがいして、そこから議論を進めたく存じます。よろしくご了承ください。
【壊憲手続き簡略化法案の最新記事】




こんにちは、いちおうはじめまして。
Blackjokerさんは、「きまぐれな日々」にもコメントしていますよ。
それにしても、この話題盛り上がりますね。
うちのほうも、大量の連続コメで弱ってしまいました。
論点の整理お疲れ様です。
内心お察しします。
お力になれずごめんなさい。
彼の本音は「だからアメリカ兵諸君、お国のために命懸けで戦い敵を倒してくれたまえ」でしょう。
彼やブッシュジュニアは、自らは決して「危険な地域に入っていくリスク」など取ろうとはしない、命を懸けるのが常に他人だからこそ気楽にこんなことを口にできる。
そんなに命を懸けてまでやらなければ、あるいはやらせなければならないことなのでしょうか?
「危ないから行くな」と制止するのはダメなのでしょうか?
正しい人殺しはありうるし、やむを得ない人殺しもあり得る。刑法に基づいて執行される死刑、刑法の定める正当行為や正当防衛等に該当する殺害は、正しい人殺しである。
・・・と思います。
私が狂信者に殺された犠牲者の遺族だったら、狂信者が死刑になるのを歓迎します。
「政教一致を教条として掲げる宗教」は、
「その他の宗教の信者及びどの宗教も信仰していない者の信教の自由」を
否定(制限または剥奪)しようとするものである。
すなわち、ダライ・ラマと仲良しだった麻原彰晃の「オウムに逆らう奴はポアしてしまえ」や、
http://www.jcp.or.jp/tokusyu/enzetu-fuwa-shii/2001_7_22fuwa_souka_ikeda.html
「仏の真理」に従わない「仏敵」を倒せ、みたいに、他者の人権を侵害しようとするものである。
ゆえに政教一致と信教の自由は両立しない。
・・・と思います。
政教一致を教条とする宗教はしばしば「聖戦に基づく正しい人(異教徒)殺し」まで容認します。
それは歴史の中で繰り返されてきたことです。
ダライ・ラマ一派が、狂信者の暴動によって生じた一般市民の死者を前にして、
「中国の抑圧から自由になりたいチベット人の願望の現れ」「平和的デモを弾圧するな」
などとバカなことを仰るから、
「平和的デモではなく野蛮な暴動であり、鎮圧されるのは当たり前」
「今の中国はチベット人の文化と信教の自由を尊重している」
「過去のことを言うなら、ダライ・ラマこそチベット人農奴を抑圧し搾取していたではないか」
みたいに応酬されるのです。
「バカなこと」の言い出しっぺはダライ・ラマ一派です。
御自分のブログ作ってそこに自分の意見を書いた方がいいのでは?(リンクとかトラックバックすればいいし)
これでは「口先だけの人で礼儀がない」という印象です。
ご無沙汰しております。
>それにしても、この話題盛り上がりますね。
国家による人殺しを批判すると上下左右いろんな方面からわいてきますね。魑魅魍魎ズ。
天上天下唯我独尊
という言葉を発してみたくなりました。さみしがり屋のあたしがそんなこといってもしょうがないから、口には出さないけど。
ご苦労も多いと思いますが、お互い頑張りましょう。
>内心お察しします。
いえいえもうこれだけで十分です。
腐れ外道に「腐れ外道」と言ったら、本物のくされものを投げつけられて精神をやられ、しばらく引きこもらざるを得ないことがあります。それで、慎重にやっているのですが、なかなからちがあきませんね。
お優しい援護ありがとうございました。とみんぐ様もどうかご自愛くださるよう。
>中国は共産主義国家ではない。
そうなんですよね。あの国を「共産主義」だという思いこみが話をややこしくする。それで、アメリカ、中国、ロシアあたりはこのあたりの誤解をわざと煽っているふしがありますよ。
日本、アメリカ、中国、ロシア、このあたりの国々で遮断されている情報は、中東でもチベットでもない。実は今テレビが映そうとしないのは北欧とアフリカです。
新自由主義と全体主義の二大巨頭が搾取している国々とそこから逃れ得るモデルとなる国々。
アフリカはかつて村上龍が書いたように、日本がアメリカに施している「思いやり」をそこに向ければ、すべての子どもたちに教育が行き渡り、きれいな水が行き渡り、貧困と疫病を劇的に減らすことが可能です。北欧の子どもたちはアルバイトなんかしなくてもその国々は莫大な借金を抱えたりすることもなく、破産したりする自治体も存在しません。資源もなく、冬には莫大な化石燃料を消費するその社会で。
もちろん全部gonの想像ですが、あながち間違いでもないんじゃないかな、と思います。日本国憲法とその両極の国々との結びつきがあれば、
♪宝くじは買わない〜、だってぇ僕は〜
お金じゃ買えないものを〜
という世界に戻れるはずです。
援護射撃ありがとうございます。
でも、「うんざり」というポーズを見せつつ、結構楽しんでいますよ。このgonは。こういう人たちの言説を相手にしていると、こちらの足場が見えてくる。国家主義の尖兵両翼からの攻撃に対して、有効な言葉を選んでいるうちに、どこに軸足をおけばいいかというのが見えて来る、といったほうがいいのかも。
もう少し、あそぶかもしれませんね。これからも、平和的な援護射撃よろしくお願いします。
http://j.people.com.cn/2008/03/24/jp20080324_85760.html
一般市民の被害者が具体性のある狂信者の犯行を証言しています。
http://j.people.com.cn/2008/03/24/jp20080324_85761.html
犯人が死刑になっても不思議はありません。日本でも同様です。
http://j.people.com.cn/2008/03/24/jp20080324_85762.html
ダライ・ラマと仲良しだったオウムの事件でも首謀者は死刑判決を受けました。