http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20080316-OYT1T00108.htm
あの操縦士が彼でなかったらとずっと願い続けてきた。彼の作品は小さいころ誰もが読んで、みんな大好きだった
ホルスト・リッペルトさん(88)
>あの操縦士が彼でなかったらとずっと願い続けてきた
今夜は
88才の男の
この言葉の意味を
噛みしめたい
なあ、あのむこうに麦畑が見えるだろ。本当のところ、おいらはパンを食べないから小麦なんてどうでもいいんだ。だからおいら麦畑を見たって、何にも感じたりしない。むしろ、あれを見るとおいら、気が滅入るんだ。憂鬱な気分になる。だけど、君のその金色の髪の毛は素敵だな。だからさ、きっとあの麦畑もおいらにとって素晴らしいものになるよ。君がおいらのことを友だちにしてくれたらね。それで、おいら麦畑を見るたびに思い出すんだ。君のことを。この麦畑をなでる風の音と一緒にね。
キツネ『星の王子さま』ごんの勝手な解釈

「勇気というやつは、大して立派な感情からはできておりません。憤怒が少々、虚栄心が少々、強情がたっぷり、それにありふれたスポーツ的楽しさが加わったという代物です」
サンテグジュペリ『夜間飛行』1931年
「出発しなくていい理由は山ほどあり、兵役免除を受ける根拠だって充分にある。でも、僕は出発する」
(43年4月・妻への手紙)
「悲しくて悲しくて仕方がない。私には希望するものが何もない。人生が分からなくなっている」
(43年12月)
1944年7月31日、フランス内陸部(グルノーブル/シャンベリー/アヌシー)を写真偵察のため、単座双発双胴のロッキード F-5B(戦闘機 P-38 ライトニングの偵察機型) を駆ってボルゴ飛行場から単機で出撃、消息を絶った
現在wiki先生
王子さま 「いいことなんかひとつもない、
悲しいことばっかりじゃないか」
キツネ 「そうでもないさ、
麦畑が、
ある……」
悲しいことばっかりじゃないか」
キツネ 「そうでもないさ、
麦畑が、
ある……」
『星の王子さま』ごんの勝手な解釈

「汗を流せ、血は流すな」 兵士たちに
「正義も勝ち目もないこの戦争は終わらせるべきだ」 ヒトラーに
「わたしの前でそういう馬鹿げたことをしゃべるな」 ナチスの優性思想を話す息子に
エルヴィン・ロンメル(砂漠のキツネ)
1944年10月14日、ヒトラーの使者として療養先の自宅を訪れた二人の将軍は、ロンメルに「反逆罪で裁判を受けるか名誉を守って自決するか」の選択を迫った。裁判を受けても死刑は免れず、粛清によって家族の身も危うくなることを恐れたロンメルは「私は軍人であり、最高司令官の命令に従う」と言い、暗殺事件への関与に関して一切弁明せずに服毒自殺を遂げた。
現在wiki先生
わたしは平和主義者ではない
わたしはただ戦争を憎んでいるだけだ
だがわたしは戦争の絶えることのない
この世界を恨んではいない
この世界に絶望してはいない
この世界に明日が開けることを
いつまでも夢見ている
麦畑がある限り
この世界に
人の心がある限り




彼は不時着していて 静かに平和に暮らしてた・・・という希望的観測は消えてしまった。
今回のニュースで 彼の最期が はっきり分かった。
事実と現実を知るって、ツライなあ・・・
でも。世界中にちらばった彼の贈り物(作品)はきっと! ずっと ずっと 生き続ける!!!
世界の美しさや 悲しさや
見えないものの 大切さを
おとなやこどもに そっとおしえてくれる! 永遠に。
堀口大學先生の訳が名文で、中学生の頃あこがれましたなぁ。
この世に人がいる限り憎しみも悲しみも存在するが、それより一つ多い笑顔が存在する可能性もまたあるのですよね。
でも心の中には抱えていたいろいろなモノたちを私たちにも分けてくれた。それをありがとう、と言いたい。
「あの操縦士が彼でなかったら」
戦争が生み出す残酷な真実ですね。…打ち落とされたのが誰であったとしても。
みなさんのコメントへの返答をしたためつつ、これは新しいエントリを立てた方がいいかな、と思いつきましたので、それを心温まるみなさんのおこころざしへの返事としたいと思います。
しばし、お待ちくださいませ。
その「星の王子様」を,この元ドイツ兵は好きだった?
確かバオバブの木は3本ありましたね。1本をナチスだと考えると、あとの2本は何の象徴でしょうか。王子はそれを羊に食べさせようとした、という論もあるのですが。面白い見方だなとは思います。
「何もかも食べ尽くすどん欲な羊」と「星に取り憑いた3本の木」
ただ、彼がどのような含意をそこに託したとしても、子どもたちに彼が届けようとしたメッセージは伝わったのだと思います。
当時24才のドイツ兵の言葉がそれを証明しています。
わたしはドイツ兵のすべてがナチスの優性思想を信奉していたとは思えません。むしろ大部分がそのことに懐疑的だったのではないかとすら思うのです。特に大戦末期のころは。絶望的な状況の中、それでもアンネフランクの一家を支援しようとしたドイツ人もいたはずです。あの戦争の終わり方を、背後からの一撃、すなわち「ヒトラーの暗殺」ではなく、明らかな「敗戦」という形で終わらせたいと願ったロンメルという軍人もいました。わたしはそのことを信じています。
戦争は善と悪との戦いなどではなく、際限のない人殺しの連鎖です。
ほっとけば地球を食い尽くしてしまう羊たちを今度は誰がどうするのでしょうか。
そろそろ、ネクタイとブリッジの話ばかりするのではなく、帽子によく似たウワバミについての話をしないと。そうでないとわれわれはいつまでも同じことを繰り返します。
人の頭蓋骨に収まっている「すべてを飲み込む貪欲」の話をしないと。
はやいとこそこを脱却するための旅に出ないと。
いえいえとんでもございません。Ladybirdさまのコメントに触発されて、新しい記事を立ち上げました。
http://teagon.seesaa.net/article/92141585.html
ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。