わたしがいつもお世話になっている
こちら、kuroneko教授より
『新学習指導要領』へのパブリックコメントの呼びかけ
http://ameblo.jp/kandanoumare/entry-10077298746.html
これに応じまして、
まずはその
第一弾(第二弾があるのかどうなのか)ということでございます
お題は 「教育の目的」 と大上段に構えてみました
ある真実を教えることよりも、
「いつも真実を見いだすにはどうしなければならないか」
を教えることが問題なのだ。
「いつも真実を見いだすにはどうしなければならないか」
を教えることが問題なのだ。
ルソー
1.「主体的に学習に取り組む態度を養う」(第1章 総則)という文言が追加されたことは、教育の根本理念である「生きる力の育成」が教育改訂案においてより具体化されたもので、その点については評価できる。
「拳銃抜いたおまわりさんに支援メール相次ぐ」
http://s04.megalodon.jp/2008-0305-2257-35/sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080305/crm0803052204037-n1.htm
今回のような報道に接するたびに思うのは、教育の目的は一にも二にも「生きる力」の育成、つまりは主体的に考える力の育成なのではないか、ということです。義務教育を終了し、高校教育を受ける能力も有していながら警察官の注意を無視し、自らの行為をその場で改めることができない少年たち。また、その少年たちに向けて銃を抜いたという警察官の対応。ここに書いてあることだけで判断するならば、と前置きをした上で、ここには自らの行為の招くであろうその後の事態が予測できない、あるいは考える前に行動してしまうという短絡的な行動様式が見受けられます。そして、
そこにわたしは家庭での「しつけ」以後の学校教育の問題点が端的にあらわれていると感じるのです。
実のところ、今回の事件でわたしが何よりも憂慮するのは、人々の声として、警察官の行為を肯定するような意見が数多く聞かれたことです。高校生になる年頃の青少年に対して拳銃を向ける行為を是とするこの意見は、翻せば、学校教育の中での先生方の仕事の大半を否定すると同時に、児童生徒の自ら考える能力をやはりどこかで線引きをし、その区分けに達しないものをばっさりと否定するという側面を持っています。そして、そのことから真っ先にわたしの頭に浮かぶ問題というのは、ごく簡単に申し上げれば、
児童生徒の指導のために教師に拳銃の携行を許可することが教育といえるのか、ということです。
路上にたむろする青少年の非行が問題視されるのは何も近年の、このわたしたちの社会に限ったことではありません。わたしは暴走族が多かった時代のことを思い出します。今回の件で問題になった「路上にたむろする」という行為に比べてはるかに一般住民に対して危険性が高い交通違反。そして実際に暴力行為を繰り返すグループに対して、その当時の警察官は銃を抜いて対処していたのでしょうか。もちろん、自ら身の危険が迫ったとき、あるいは周囲の一般人、もしくはその本人がこのままでは危険であると感じたときにやむなく、という場合であれば、その行為をわたしは否定しません。心情的には。しかし、実際、言うことを聞かない高校生やその年代の青少年に警察官が銃を持ってしか対処できないとすれば、
それはもう社会による教育の放棄としかいいようがありません。

長くなりました。少年非行に対して銃を抜く警察官に同情の声が集まるという、このわたしたちの社会の現状は惨々たるものです。こういった社会の姿勢は、結果的にこの少年たちをネグレクトし、排除し、日本国憲法で保障された教育を受ける権利を骨抜きにし、空文化するものです。そしてそれはまた、丸腰で生活しなければならない一般市民の自由な活動を制限することにほかなりません。そうしたことに問題を感じない社会というのは最悪です。無責任きわまりない。これを打破するためにはひとつしか方法はありません。自ら考え行動する力をもった児童生徒の育成。つまりは
日本国民個々人の「生きる力」の育成です。
時間はかかりますがまずはこちらに注力すべきでしょう。特に百年の大計といわれる教育行政におかれましては。
もうひとつ、今の教師たち、(そして子どもたちの周囲の大人たち)に必要なのは、営業成績を上げるための努力目標や、拳銃なんかじゃありません。家庭や社会からネグレクトされた児童生徒を見つめ、
真実をやさしく語りかけるための十分な時間です。
12.すべての児童は、愛とまことによって結ばれ、よい国民として人類の平和と文化に貢献するように、みちびかれる。
『児童憲章』
第一弾、以上。大慌ての推敲なし、なので、追記訂正削除何でもありです。ご了承くだされ。



「「対案を出せ」バカ」の事はいっちょ前にこき下ろしても
やはり教育のことをいっちょ前に語れる器では無かった様で
kuronekoさんのエントリも見に行ったのですがもうチンプンカンプンで(恥(恥(恥(恥(恥(恥
まぁ、もうちょっとじっくり読んでみることにします。
とりあえずは、お礼旁々・・・・
しかし私達は少年であってはいけない、大人として警官と高校生をたしなめる役割がある。(これが果たせなければ、そいつはボーイだ!)
警官を叱る大人力が求められているのだと思います。
与太記事だなんてとんでもございませんよ。できるのならばgonもああいうふうにスカッと行きたいものだと思っとりますです。
んで、あたし、kuroneko教授のは言ってることの半分も理解してないんじゃないかな。いつも勝手に誤読解釈して、見えない銃を撃ちまくってる。それで教授に「めっ」ってやられるのがお決まりのパターン。それでも可愛がってもらってると思ってるからいそいそと講義を聴きにいくんだけど、もしかしたら迷惑かしら。
まあ、私の場合は人のことより自分の勉強ですね(笑)
>少年同士の問題と捉えます。
そもそも警官は少年たちを黙らせることには成功したのだろうか。夜の8時半に騒いでいる少年たちに注意、その後、路上に座り込んだ少年たちに
♪名前を聞いても答えない
で、しょうがないから拳銃抜いた。というふうにしか読み取れないんだけど、これで「支援メール相次ぐ」ってのはいただけない。これが真夜中を過ぎてオダをあげてる酔っ払いオヤジだったらどうだったんだろか。おそらくこの少年たちよりはてこずると思うよ、黙らせるの。で、しょうがないから拳銃。
それでもやっぱり支援メール届くのかな。