第27条 すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。
ここで注目すべきは、「勤労の権利」だろう
なぜ働くことが権利なのか
生まれ、そして生きる我々が
ただ単に消費する存在だと仮定してみる
食べて食べて食べて、そして死ぬという生き物
人間存在のありようとしてそれが事実だとすれば
それはあまりにも
悲しい出来事である
だからはたらく
自らの人生の糧を自らで得る
それを子に
それを親に
それを家族に、愛する誰かに
隣人に、そして世界中へほどこす
それで満足した生き甲斐を得る
非常に気分がいい
これは人間として当たり前の欲求だ
だから我々がなぜ働かないのかと若者に尋ねる
そのことに誤りはない
だが、もちろんそれは働きたくない理由を聞き出すためであり
彼と彼女らを働かなければならない状況に追い込むためではない
働く義務を押しつけるためではない
「働く義務」というのはどこにも存在しない
人間には働く権利があるのだから
彼と彼女らがその権利を存分に行使できるように
してやることが「勤労の、義務」である
「働きたがらない若者に喜んで働いてもらえるよう環境を整える」という義務
こう言うと何だか途方もないことのように聞こえるが
我々が労働を考える上での
基本である
ごく自然のことである
たとえば自らの子が
適当な時期になっても
おしゃべりをしない
言葉を発しない
ここで
言葉を発することが人の世でいかに大切なことか教え諭す親はいない
その子におしゃべりの楽しさを説教する親はいない
ましてや
「会話する義務」を押しつける親はいない
親は
好きな食べ物をやり、好きな動物を見せ
その名を繰り返し唱える
童謡を優しく歌いきかせる
愛の言葉をささやき続ける
そうして
それがどんなに不思議な喜びに満ちているかを
自ら体現し続ける
そうすればいつの日かその子は語り始める
万が一
たとえ永久に
その子が言葉を発しなかったとしても
それは決して絶望ではない
親はその子の生命のはたらきによって
たくさんの優しい言葉
人生を彩る
数え切れないダイアモンドの輝き
自らが生み出し続けた愛が
自らの心を満たしていることに気付くからだ
親は子のはたらきによって
子は親のはたらきによって
互いに満ち足りる
最も美しい
いのちのはたらきの一形態である
働くことは人間の喜び
これは自明なのだ
だからここで
もとの議論に戻らないように
たとえば
「主婦(主夫)って職業なの
出産と子育ての対価は
障害があって働けない人はどうするの」
とか言わないでね
難しい
人間の不幸を語るよりも
人間の幸せを語ろうとする方が
よほど気を遣う
全然語れてないような気もするし
とても罰当たりなことを言っているような気もするし
誰かをすごく傷つけているような気もする
だから、明日(か明後日かその次か)に回す
少しはやいけど、お休みなさい
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しごとば は パラダイス!
われしらず うたうように おどるように はたらいているのです。
(ホントニ タノシゲニ ハタラク ヒトダネ キミハ)
うれしいな! くんしょうなんか もらうよりもずっと。
このきもち みんなが あじわえる しゃかいなら・・!
あたし ビンボーでも キモチはしあわせなの!
あたしもね。本当は嫌いじゃないんだ。ここでの仕事。詩を書くことも、文を書くことも、おしゃべりをすること、人との出会い、議論すること。楽しいし好き。でも、最近疲れ気味。なんだか嫌いになっちゃいそうだよ。いろんなことが。自分のこととか。
でもでもでも、やっぱりちろ殿の言葉で勇気百倍奮起千倍、無償奉仕があたしらの専売特許、天木直人さんとこでも言ってたよ。金の為じゃないあたしらの方が強い。なめるんじゃないよ。こちとら伊達や酔狂でやってんじゃないんだよ。
こころよく
我にはたらく仕事あれ
それをし遂げて死なむと思ふ
ほいきた。石川さんだ。盗んだバイクで走り出すぜ。アクセル全開。
そうか、ちゃんと憲法に書いてあったんだ! 「労働の権利」って。そんなこと、私も知ってたはずなのに知らなかった。
教えてくれて、ありがとう。