レジームチェンジ反対

2008年05月08日

合唱

「(明治憲法下の)あのころは特高がわたしたちを呼ぶときは『オイ、コラ』だった。『われわれは奴隷じゃない』と反発した。憲法が改正されれば『オイ、コラ』時代が必ずまたやってくる」



 あんまり防衛施設局がひどいもんですから、テントの中に案内しました。おじい、おばあの声を聞いてくれと。ヨシおばあがこう言ったんですね、「戦争中この海がなければ私たちは死んでいた。海の幸が自分たちの命を育んだ。私は5人の子供を大学まで卒業させた。それは海の幸があったから私は子供たちを育て上げることができたんだ。父ちゃんは早く死んだ。ここに基地を造るということはどういう利益があるんだ」と施設局に言うんです。嘉陽のおじいに前面にきてもらいました、こう言ったんですね、「いま私は病院から帰ってきた。私が病院にいるときは友達や親戚の皆さんが見舞いに来る。私は旧日本帝国の海軍出身だ。戦場でけがをしたときには誰が見舞いに来るのか?」防衛施設局の一人一人に聞いた。「皆さん誰が見舞いにきますか!今ファルージャの兵士たちにも来ているはずだ」と。私はわかっていました。私は沖縄戦が終わったときまだ子供ですから、しょっちゅう怪我をして、薬なんかなかったもんだからよくわかる。ここにおできができる、見舞いに来るのは銀蝿です。戦場で見舞いに来るのは蛆虫のわく傷口に銀蝿が来てさわるから非常に気持ちがいいと言うんです。

『一坪反戦通信』第158号(2004年7月28日発行)
http://www.jca.apc.org/HHK/Tsushin/158/158_0626.html



第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。




「平和憲法を世界中に広め、地球上から武器も戦争もなくしてしまう。そして、資源や富をすべての人々で平等に分け合い、それぞれの能力に応じて働き、必要なものを必要なだけ、感謝の気持ちで受け取れるような社会になるまで、私たちの平和運動は続けるのです。」




「このセナガひとりが叫んだならば、五十メートル先まで聞こえます。ここに集まった人びとが声をそろえて叫んだならば全那覇市民まで聞こえます。沖縄の七十万人民が声をそろえて叫んだならば、太平洋の荒波をこえてワシントンの政府を動かすことができます。」





 「9条世界会議」
http://whynot9.jp/first/

参加した一人ひとりが、自国に帰り、町に戻り、何か行動を起こすこと。「9条世界会議」からは、平和への希望、そして行動する勇気が生まれます。日本の私たちにとっては、平和憲法の意味を再発見し、9条をもう一度選びとるチャンス。戦争のない未来をつくるのは、私たち一人ひとりです。


みんなで
声をそろえて
世界を

変えてみませんか

わたしたちの声を
世界中に
届けましょう
posted by gon at 06:38| Comment(1) | TrackBack(3) | つれづれなるままに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする