その日(11/7)のうちに書いたものです
その日には出せずにいました
今でもだしていいものかどうかわかりませんが、
出します
http://teagon.seesaa.net/article/132187871.html#comment
最近、山で仕事をしていますとね。チェーンソーをブン回す合間、休憩などをしてますと、よく地響きがするんですよ。今いるところは富士山のすぐ近くでして、そう、その地響きは演習なんです。海兵隊が北富士演習場にやってきて、大砲をぶっ放している。
思うんですよ、霊峰富士の麓で罰当たりなことをしていやがる、って。まあでも、実害があるわけじゃない。平穏な暮らしが脅かされているわけではない。だから、罰当たりめ! 程度で済む。本土にだって、実害を被っている人も少なからずいるけど、大半は私と同じようなものでしょう。
ごんさんの言葉はわかります。同じ日本人だから。でも、沖縄人と本土人では、同じ言葉を解しても、感覚は共有していないかもしれない。
ごんさん。私たちは同じ日本人です。言葉が通じる。そこは捨てたくないと思う。けど、やっぱり沖縄人と本土人は違ったものなんじゃないのかな。
もし沖縄の人たちが、本土とはちがった道を歩むことになったとしたら...、私はたぶん歓迎すると思います。同じ日本人として。
Posted by 愚樵 at 2009年11月07日 15:05
愚樵さん、こんばんは
わかりにくいコメントですけど
愛が感じられます(笑)
ダークサイド。壁の側に立っている。そしてその向こうに消えてしまおうと思っている、
そんなあたしに対して、
「日本人」への不信を言い訳にして、
そのポーズをつくり、
このどうしようもない言葉の世界からおりようとしている
そんなあたしに対して、
「私の中の日本人」から逃れ、「自由」になりたがってる
そんなあたしへの、
これが、
愚樵さんなりの「誠実」なんでしょうね
そう、
あたしはやっぱり日本人をやめるつもりは、ないみたいです
そんなことできやしない
あたしにはできない
日本が好きだから
たとえ、
次の世代に日本人との訣別を託すことはできたとしても
あたしにはできない
あたしには
「日本人」を否定することは
できはしない
>本土とはちがった道を歩むことになったとしたら...、私はたぶん歓迎すると思います。同じ日本人として。
さすがですね。ここで...の三連符ですか(笑)
まったく、
ほんとに、
愚樵さんの仰る
「他に道があるのならそうすればいい」
というのは、
随分と上から目線です
ですが、
あたしには、
反論のしようがない
あたしには「自主独立」だとか、
「反権力」だとか、
そういう言葉はよっぽど陳腐なものに見えます
はじめから
まるで思春期の子どもみたいに
< その言葉が「陳腐」なのか、それとも、その言葉を陳腐だと思ってしまう私が「陳腐」なのかは、わからないのだけど。こういう場合はおそらくその両方が陳腐なのでしょう >
そして、
その先を見越しての
「造反有理」だとか「勝てば官軍」だとかは最も人倫に反している
と
これもまたはじめから変わることなく、そう思っています
それがたとえ
「闘争」における
真理だとしても
わかりました
「三十六計逃げるに如かず」
ですね
負けるが勝ち
一敗地にまみれましょう
またやり直しです
一生。
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