レジームチェンジ反対

2009年11月09日

日本に生きる樵さんへ

これはあたしの敬愛する愚樵さんへのレスとして、

その日(11/7)のうちに書いたものです

その日には出せずにいました

今でもだしていいものかどうかわかりませんが、

出します


http://teagon.seesaa.net/article/132187871.html#comment

最近、山で仕事をしていますとね。チェーンソーをブン回す合間、休憩などをしてますと、よく地響きがするんですよ。今いるところは富士山のすぐ近くでして、そう、その地響きは演習なんです。海兵隊が北富士演習場にやってきて、大砲をぶっ放している。

思うんですよ、霊峰富士の麓で罰当たりなことをしていやがる、って。まあでも、実害があるわけじゃない。平穏な暮らしが脅かされているわけではない。だから、罰当たりめ! 程度で済む。本土にだって、実害を被っている人も少なからずいるけど、大半は私と同じようなものでしょう。

ごんさんの言葉はわかります。同じ日本人だから。でも、沖縄人と本土人では、同じ言葉を解しても、感覚は共有していないかもしれない。

ごんさん。私たちは同じ日本人です。言葉が通じる。そこは捨てたくないと思う。けど、やっぱり沖縄人と本土人は違ったものなんじゃないのかな。

もし沖縄の人たちが、本土とはちがった道を歩むことになったとしたら...、私はたぶん歓迎すると思います。同じ日本人として。

Posted by 愚樵 at 2009年11月07日 15:05



愚樵さん、こんばんは


わかりにくいコメントですけど

愛が感じられます(笑)

ダークサイド。壁の側に立っている。そしてその向こうに消えてしまおうと思っている、

そんなあたしに対して、

「日本人」への不信を言い訳にして、

そのポーズをつくり、

このどうしようもない言葉の世界からおりようとしている

そんなあたしに対して、

「私の中の日本人」から逃れ、「自由」になりたがってる

そんなあたしへの、

これが、

愚樵さんなりの「誠実」なんでしょうね


そう、

あたしはやっぱり日本人をやめるつもりは、ないみたいです

そんなことできやしない

あたしにはできない

日本が好きだから

たとえ、

次の世代に日本人との訣別を託すことはできたとしても

あたしにはできない



あたしには

「日本人」を否定することは

できはしない




>本土とはちがった道を歩むことになったとしたら...、私はたぶん歓迎すると思います。同じ日本人として。

さすがですね。ここで...の三連符ですか(笑)

まったく、
ほんとに、
愚樵さんの仰る

「他に道があるのならそうすればいい」

というのは、
随分と上から目線です
ですが、
あたしには、
反論のしようがない

あたしには「自主独立」だとか、
「反権力」だとか、
そういう言葉はよっぽど陳腐なものに見えます

はじめから

まるで思春期の子どもみたいに

< その言葉が「陳腐」なのか、それとも、その言葉を陳腐だと思ってしまう私が「陳腐」なのかは、わからないのだけど。こういう場合はおそらくその両方が陳腐なのでしょう >

そして、

その先を見越しての


「造反有理」だとか「勝てば官軍」だとかは最も人倫に反している




これもまたはじめから変わることなく、そう思っています


それがたとえ

「闘争」における

真理だとしても


わかりました

「三十六計逃げるに如かず」

ですね
負けるが勝ち
一敗地にまみれましょう


またやり直しです



一生。











posted by gon at 20:14| Comment(2) | TrackBack(2) | 壊憲手続き簡略化法案 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月07日

不可能?

IMG.jpg

>「県外移設は不可能」松沢成文神奈川県知事

なあ、

よくわからんのだが、

この松沢ってのは、

いったい何様だ?






posted by gon at 09:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 壊憲手続き簡略化法案 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月06日

悲願

なあ、誇り高い日本の皆さんよ

日本語を解する頭があるなら聞いてくれや

日頃沖縄に基地を押しつけて、

アメリカのスラムの子どもたちに戦争をさせて、

ネットで差別と暴力をなくす談義をする暇とリソースがあるなら、

この嘘を見逃すなよ

政権公約と選挙中の発言はイコールではない。県外、国外への移転が望ましいとの思いはあるが、公約では米軍再編の見直しという表現にとどめた。



>政権公約と選挙中の発言はイコールではない

これはコイズミやアベやアソーがやったら

「バカにするな!」と集中砲火を浴びるような発言じゃないか?

なあ、

たのむからこの裏切りにNOを突きつけてくれよ

このどうしようもない詐術に、

このどうしようもなく薄汚いやり口に、

誇り高き日本の民主主義を否定するこの言葉に、


NOを、


沖縄を救うために

それするのは今しかないじゃないか?



何やってんだよぉ、ほんとによぅ、



日本人てのはこんなにも人情なしだったのかい

ずうっと基地を押しつけてる義理があるだろうよ

泣いてんだよ、沖縄はよぉ、

憤ってんだよ、あんたらのやり方に、

悶えてんだよ、この暴力的な仕打ちに、

なあ、日本の皆さん、

あたしは何も暴力に丸腰で対抗しろって言ってるんじゃないんだ

難しいことは何ひとつない


この嘘を許さない


そう言ってくれるだけでいいんだよ

みなさんが、

各々の言葉で、

そう言ってくれるだけでいいんだよ

なあ、

力を貸してくれないか

みなさんが、ご自身の言葉で


==========================

明後日の11月8日に県民大会が予定されている。これは前回の教科書問題の時より参加人数が多くなることはないだろうと踏んでいる。でも、だからといって沖縄県民の意志がぶれているわけじゃない。

実は同じ日に自治会レベルでの動員がかかっている。近隣の官公庁に、会社に、学校に。「その日に自治会の催し物をするから手の空いているものは参加して欲しい、」と。薄汚いやり方だが、沖縄はこれに一番弱い。隣の人に誘われたら断れずにそこに行ってしまう。その分を差し引けば、今回の県民大会の参加人数は少なくなるだろう。半減か。それ以上か。だが、やつらがこんなにも露骨にこんな手を使ってくるのはこれがはじめてだ。突然降ってわいたようにその日にあわせて「イベント」だからな。こんなことを何度も続けられるわけはない。やつらもなりふり構っていられないとこまで追い詰められているということだ。チャンスなんだよ。正念場なんだ。みんな力を貸してくれ。

==========================

みなさんの代わりに基地を背負ってきた沖縄の、
この沖縄の代わりに、
この沖縄と一緒に、
戦火にあえぐ世界の人々と一緒に、

このセナガひとりが叫んだならば、五十メートル先まで聞こえます。ここに集まった人びとが声をそろえて叫んだならば全那覇市民まで聞こえます。沖縄の七十万人民が声をそろえて叫んだならば、太平洋の荒波をこえてワシントンの政府を動かすことができます。

瀬長亀次郎(サンフランシスコ条約調印の一年前)


この沖縄と一緒に、

声を上げてくれ、

沖縄の声は、沖縄の悲願は、「基地撤去」だ

沖縄の土地を返して欲しい

頼む、日本人よ、頼む、

ここで、

唱和してくれ








俺はここでダメだったらもう永久に沖縄の基地はこのままだという気がしてるんだ。



posted by gon at 18:19| Comment(6) | TrackBack(5) | 壊憲手続き簡略化法案 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月05日

舌の根も乾かぬうちに



政権公約と選挙中の発言はイコールではない。県外、国外への移転が望ましいとの思いはあるが、公約では米軍再編の見直しという表現にとどめた。



なんで

なんで

なんでだ


あなたは沖縄を知っているんじゃないの?


なんで

なんで

なんでだよ


沖縄が基地を望むわけがないでしょう?


なんで

なんで

なんでこんなことを

言わすの?



>政権公約と選挙中の発言はイコールではない

>政権公約と選挙中の発言はイコールではない

>政権公約と選挙中の発言はイコールではない



なあ、

こんなことを言う奴が外務大臣でいいのか?

俺たちは騙されたのか?

日本人は嘘つきか?

なあ、





posted by gon at 20:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 壊憲手続き簡略化法案 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月17日

清らかな水の流れに









あの国は今も

ふたつに分かれたまま

私が言っていいものかどうか、わからないけど

やっぱりあの国は

ひとつに

戻るべきだと思う

引き裂かれたままではいけない

あの国は

ひとつになるべきだ

日本人の私が

言っていいことなのかは

わからないのだけれど

あの国のことを全然知らない

私が言っていいことか

わからないけど


     イムジン河空遠く

     虹よかかっておくれ

     川よ思いを伝えておくれ


   イムジン河水清く蕩々と流る

      イムジン河水清く蕩々と流る

『イムジン河』フォーククルセイダーズ


よけいなおせっかいかもしれない

だけど

この歌に託された思いは

真実だと思うから


posted by gon at 17:56| Comment(2) | TrackBack(7) | つれづれなるままに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月26日

凝視




       そりゃ、開いていく方向だと思います     by福山哲郎議員

       http://www.j-cast.com/2009/09/26050300.html




>だと思います
>だと思います
>だと思います


て、なんやそれ?


・・・まあ、見守っていこうや、あたたかく(笑)




posted by gon at 23:40| Comment(3) | TrackBack(2) | 美しい日本の諸事情 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月12日

ははは、

正直猫を飼う奴の気が知れんかったんだが・・

こいつは面白い

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posted by gon at 12:06| Comment(3) | TrackBack(3) | つれづれなるままに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月10日

正直もういやになってんだがな

この期に及んで

自公殲滅で一緒にやってた民主党支持者のみなさんが
(民主の一極集中や二大政党制へのシフトを牽制する)
共産党や社民党叩きに

精を出す意味がわからん



落ち武者狩りか?



沖縄の俺が
万年野党(でKY上から目線の鼻つまみ頭でっかち)共産党を推すのは
基地問題やなんかで共産党の言ってることがわかりやすくて

それが

俺の社会に対する要求に一番近いからだ


なあ

あんたらの言い分どおり

あんたらの思惑どおり

あんたらの

お望みどおり


分からず屋の日本共産党がこの国から消えたら


俺は自分のおもいを



いったいだれにたくせばいいんだ



なあ






posted by gon at 20:04| Comment(3) | TrackBack(0) | 壊憲手続き簡略化法案 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月26日

てびち

IMGP1636.JPG

てびち【豚足】


美味しそうでしょ。

ビールのつまみによいです。

・・・ふう。


沖縄に生まれて

沖縄で育って

ここで

ずっと言いたかったこと

だいたい言ったし


しばらく、


休みます |・_・)ノ




posted by gon at 19:57| Comment(6) | TrackBack(4) | つれづれなるままに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月17日

ニライカナイへの道

歴史事実とは、嘗て或る出来事が在ったというだけでは足りぬ、今もなおその出来事が在る事が感じられなければ仕方がない。母親は、それを知っている筈です。母親にとって、歴史事実とは、子供の死ではなく、寧ろ死んだ子供を意味すると言えましょう。

小林秀雄『歴史と文学』より(現代仮名遣いになおし、てあります)


あれだけおそろしい状況が生じたのにいまだにわからない大人たちがいることにわたしは驚愕している。


ブログではいろんなことを表現していいと思うのだけど、

たとえば戦争を体験した方が、

その「恐ろしさ」を風化させないために、

勇気を振り絞って、

「このことを決して忘れてはいけない」という思いのもと、

せつせつと日々の思いを綴ってらっしゃる。

先の大戦に関しては、そういった方々の手記がたくさん紹介されている。

たとえば「沖縄戦」について。

「意地のある男のいる世帯は早く死んだようでした」
http://teagon.seesaa.net/article/37543919.html

こんな思いをしたら、誰でも、忘れようにも忘れられないよね。

どんなに忘れたくても。



近代的な立憲主義においては、憲法の本質は基本的人権の保障にあり、国家権力の行使に枠を嵌めて、無秩序で恣意的な権利侵害が行われないようにするためのものであるとされる。

現在wiki先生 『憲法』より


ネットをやっていると

ときたま頭のネジがゆるんでしまったような議論に出くわすことがある

たとえば、こういうものだ

曰く、

  憲法九条は平和を守るための単なる「手段」なのだから、

  その九条を守ることが「目的」化してるような護憲派はおかしいのでないか?

  『「平和のためなら死んでもいい」ですか???』


だと。

わたしは、こういう意見に出くわすたびに失笑を禁じ得ない。

憲法とは人の世の「理想」を、未来に向けて投影した、典籍のことである。

いわば、人類社会の到達点(あるいは通過点)を示す「目標」のことなのだ。

『日本国憲法』にはこう書いてある。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

憲法は、

当時の日本国民が、

その胸に刻んだ、

その誓いを、ここに記してある、

その言葉、なのだ。




不思議に思うのは、

 「わたしたちは、平和な社会を希求する。

  わたしたちは、平和な社会の実現を夢見ている。

  わたしの夢は、世界平和だ。

  みんながそう思うことだ」


と言う人に、

 「この人って夢が目的化してる。それってヘンですわよね。おほほほ」

と、突っ込むお人がいらっしゃること



まあ

今回の議論に

無駄に長い文はいらないかも知れない



  問、『「平和のためなら死んでもいい」ですか???』

  (その言葉、九条護憲派のわしらに向けてる言ってんだよね、じゃあ答えるよ)

  答、じゃ、平和を守る「ため」に戦争して何を守るねん。


『日本国憲法第九条』


日本国民がどれだけの血を流して

この条文を手に入れたと思っているのだ

そして、

この条文を守る「ため」に

沖縄県民や、自衛隊のみなさんをはじめ、世界中ではたらく日本国民が

どれだけ苦労してきたと、思っているのだ

あなたは、

この条文がここから消えたら

その「ため」に

どれだけの血が流されるか

考えたことがあるのか



何が、


『「平和のためなら死んでもいい」ですか???』


だ。

少しは頭をはたらかせろ。


戦争ってのは最大級の国権発動、

「双方の国民による殺し合い」の合法化

国家による無差別テロだ。

九条はなあ、

それを国家に対して、

戒めてるんだよ

平和を守る「ため」に




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posted by gon at 21:11| Comment(16) | TrackBack(24) | 壊憲手続き簡略化法案 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする